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161月 2024

「備えよ、常に〈Be Prepared〉」

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「備えよ、常に〈Be Prepared〉」これはボーイスカウトのモットーで、「いつなん時、いかなる場所で、いかなることが起こった場合でも善処ができるように、常に準備を怠るなかれ」という意味である。この言葉に出会ったのは、アウトドア好きの父が持っていたアウトドアの本の一コマだった。たった一コマに過ぎないが、幼い頃に繰り返し読んだせいか、今でも鮮明に記憶している。

 私は今でもこの教えを実践し続けている。といってもボーイスカウトやサバイバルの訓練をしているわけではない。ただ、カバンや車・ポケットの中に、防災用品やファーストエイドキットを常備しているだけだ。もしかしたら、外出先で地震や災害が起きるかもしれない。もしかしたら、通勤の途中でだれかが倒れているかもしれない、その不安に抗えず、つい様々な準備をしてしまうのだ。ただ周りに聞いてみても、ここまでやっている人はあまり見たことがない(心肺蘇生のため、人工呼吸をするための透明なフェイスシールドを持っている人は何人かいた)。流石に心配性過ぎないかと、我が身を省みることもある。

しかしこの過度の心配性、医者として学び続けるという面では、少しだけ役に立っているかもしれない。

 

 

変化し続ける社会と同時に変化していく医療 

患者のいのちを預かる医療従事者は、プロフェッショナルとして、常に学び続ける義務があると言っても過言ではない。さらに私の専門である総合診療医・家庭医は地域のプライマリ・ケアを担う役割があり、「どんな困りごとでもまずは相談にのる」使命も帯びている。私の外来にも様々な訴えの人がやってくる。風邪をひいた小さな子ども、朝体調が悪くて学校を休みがちな高校生、仕事のストレスで暴飲暴食・深酒をしてしまう糖尿病のお父さん、更年期障害や家のことで不眠気味のお母さん、皮膚のできものを心配する認知症のおじいちゃん、足腰を痛めて歩けない痩せたおばあちゃん……などなど、年齢や主訴も様々だ。これらはCommon disease/Common problem(よくある病気/よくある問題)と言われる。一般的に、Common disease/Common problemの90種類に対処できれば、一般診療所に持ち込まれる悩みの75%がカバーでき、120種類に対処できれば90%がカバーできると言われている。これを多いとみるか、少ないとみるかは意見が分かれるだろう(私は多いと感じる。まだ修行が足りない……)。この幅の広さを維持しながら、質の高い医療を提供するのが、家庭医の専門性の一つと言える。

当然、Common disease/Common problemと言っても、その中で日常的によく診る頻度の高いものと、なかなかお目にかからない頻度の低いものがある。これは環境に寄るところも大きい。例えば近くに小児科の医師が常にいる環境であれば、そこで働く家庭医にとって小児科疾患はめったに遭遇しない「Uncommon」になる。近くに常に専門家がいれば別にUncommonのままでもいいだろう。しかし社会は常に変化し続ける。医療従事者不足、診療科の偏在、都会への人材流出などなど、様々な理由から、今まで専門家が対処してきた「Uncommon」が「Common」になりつつある。現在、県や自治体、病院、大学などは、これらの問題をどうにかできないか熱心に取り組んでいる。

では私個人には、何ができるのだろう。

 

 

私個人には何ができるのだろう 

そう、「備えよ、常に〈Be Prepared〉」である。いまは専門家が診ていてUncommonであっても、いつCommonになるかわからない。そうなった時のために、今からトレーニングを積んでおくのだ。もしかしたら明日は緊急ピルの処方をお願いされるかもしれない。もしかしたら来年には乳幼児健診や小児のワクチン接種をしないといけないかもしれない。もしかしたら妊婦健診も、眼底鏡も、胃カメラも、嚥下内視鏡も……当然いくつかは杞憂に終わるだろう。また習得したとしても、高いレベルを維持し続けるのも困難を極める。しかしCommon disease/Common problemに当てはまるものであれば、いつか自分の前に現れる可能性は高い。

三つ子の魂百まで。おそらく私の心配性は一生治らないだろう。しかし、それがいつか現れる患者さんの役に立つのなら、私の憧れた「『なんでも相談してください』と言えるお医者さん」に近づけるのなら、それも悪くないかもしれない。「備えよう、常に〈Let’s be Prepared〉」今日も自分に言い聞かせ、修行を続けていく。

 

Author:中井 翼


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