「地域」ではなく「地球」を診るお医者さん!?
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ここ数年の夏の暑さは異常である。今年は6月から30度を超え、8月は夜も30度が続いていた。加えて大型台風・大雨・洪水も重なるともう災害というしかない。太陽と地球にはもう少し手加減をお願いしたいが、自然の猛威の前にはできることはほとんどない。しかし、地球環境を守るために活動している医者が実際にいるようだ。それも普段の仕事の中で実践しているというから驚きだ。
総合診療の学会で「プラネタリーヘルス」という言葉を聞いた。直訳すると「星の健康」である。2015年頃に欧米で言われ始めた言葉で、簡単に言うと「人間社会も地球のシステムの一部であり、人の健康は地球の健康、つまり環境問題を含むさまざまな問題と深くつながっている」「人が健康であるには地球環境に配慮しなくてはならない」という意味のようだ。
地球温暖化を例にあげてみよう。気温が上昇すると熱中症や食中毒が増えるのはもちろんのこと、心臓などの持病が悪化する人もいる。また熱帯地域の伝染病が日本でも流行する。数年前に熱帯の蚊が媒介するデング熱が日本でも発生したというニュースを覚えている人もいるだろう。さらにいえば、異常気象で農業・漁業などが影響を受ければ、物価は高騰し栄養バランスも崩れ、飢饉による栄養失調という事もありえる。また食料や水不足で紛争が起きれば、より深刻に生命は脅かされるだろう。
日本ではまだそこまでいかないかもしれない。しかし実際に、気温の上昇に関係した65歳以上の死亡者数は、2000年には約15万人だったのが2018年には約30万人と推定されている。地球温暖化の脅威は、我々の肌でわかる所まで迫りつつある。
「地球を診る」お医者さん
そこで登場するのが「地球を診る」医者である。より正確に言うと、地球環境に配慮しつつ、患者さんの健康もより良いものにする「グリーンプラクティス」を実践している医者のことである。グリーンプラクティスはイギリスの家庭医を中心に普及しつつあり、日本でも徐々に知名度が上がりつつある。方法は色々あるが、「患者の病状を安定させ、なるべく通院回数を減らそう」「必要のない検査や薬を減らそう」などはわかりやすい。「喘息の吸入薬も二酸化炭素の少ないものを勧める」「電気自動車を勧める」「飼育に二酸化炭素を多く使う肉類を避け、野菜を食べるよう勧める」などは初めて聞いた時は驚いた。さらに本格的になると「病院で二酸化炭素がどのくらい排出されているか調べてみよう」「医療廃棄物を減らすための工夫をしよう」などもあるようだ。
「地球を診るのは医者の仕事か?」「地球よりも目の前の患者を診るべきでは?」という批判もあるだろう。一理ある。確かに目の前の患者の診療をおろそかにするのは、現場で働く医者の姿勢としては好ましくない。ただ目の前の患者を診つつ、同時に地球環境に配慮することは不可能ではないだろう。結果として熱中症患者が減るのであれば、それは医者の仕事の範囲ではないかと思う。さらに言えば、総合診療医は、目の前の患者だけを診ているのではない。患者の背景にある家族・地域・社会まで視点を広げて診療する医者なのだ。ならば「背景」として「地球」を意識することは、総合診療医の得意分野と言えるかもしれない。「地域を診る総合診療医」は市民権を得つつある。いずれ「地球を診る総合診療医」も当たり前になる未来が来るのかもしれない。
できることからコツコツと
かつて小学校で「節電」「ごみの分別」「不要なものを買わない」などを通して「地球にやさしくする」授業を受けた記憶を思い出す。我々に出来ることは微々たるものだが、出来ることはちゃんとある。普段の診療はもちろんのこと、私の生活の中でも出来ることから始めよう。車通勤を徒歩にするだけで、かなりの二酸化炭素を節約できそうだ。しかし……地味につらい。職場まで徒歩で数十分とはいえ、朝はもう少し寝たい。いや、患者の健康のためだ。「地球を診る総合診療医」の第一歩だ。そう自分に言い聞かせ、運動不足の体にむち打ち続けている。
参考
ジェネラリスト教育コンソーシアム consortium vol.17,カイ書林.http://kai-shorin.co.jp/product/consortium017.html
Greener practice.https://www.greenerpractice.co.uk/
みどりのドクターズ ~Green Practice Japan~.https://greenpractice-jp.studio.site/0
Author:中井 翼
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