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315月 2022

一介の西洋医、突然漢方薬の沼にはまる

鳥取大学地域医療学講座発信のブログです。
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 西洋薬しか眼中になかった筆者が、あることがきっかけに漢方薬のとりこになってしまいました。その理由とともに、漢方薬の特徴に関して思いつく限り述べようと思います。

なお、紙面の関係でていねいな解説を省いており、医療に従事される方々以外にはわかりにくい内容かもしれません。筆者自身の頭も整理されておらず若干支離滅裂かもしれませんが、どうかご容赦ください。

 

1.コロナ禍を乗り切るために漢方薬を適切に使いこなしたい

 筆者が漢方薬に関心を持つようになったきっかけは、コロナ禍の長期化です。

診療所や薬局で実施可能な治療手段が確立しないまま、世界は新興・再興感染症と共存する方向にかじを取りつつあります。コロナ禍は疾病構造と社会に大きな変化をもたらし、それとともに、日常診療における西洋医学的アプローチ、臓器別診療、医療機関の機能分化の弱点が明るみになっています。漢方薬の考え方を学ぶうちに、心身の病い(やまい)に苦しむ患者さんにとって漢方薬はかなり効果的ではないかと考えるようになりました。

 

 

2. 炎症や血流、水分バランスなどを整える漢方薬、特定の臓器中心にはたらく西洋薬

 病院で処方可能な漢方薬は、2つ(二味)以上の生薬を鍋に投入して煎じた液体成分を粉末や顆粒に加工した「エキス剤」がほとんどです。一方、西洋薬は特定の臓器や細胞に対して作用する薬効成分が1剤につき1種類だけ含まれています。

代表的な生薬には、西洋薬では対応が難しいいくつかの効能が知られています。

① 漢方薬の基本的性質は抗炎症作用です。

 ウイルスなどに対峙するマクロファージや樹状細胞を動員し、T細胞の活性化やインターフェロン産生などの初期免疫に漢方薬が関与しているという証拠が積み上げられています。抗炎症作用を有する生薬としては、麻黄(まおう)、附子(ぶし)、麦門冬(ばくもんどう)などが知られています。

② 微小循環の改善は漢方薬の得意とするところです。

 黄耆(おうぎ)、人参、(おうごん)などの生薬には、一酸化窒素(NO)を促進して血管平滑筋を弛緩させ、微小循環を改善する効果が認められています。西洋薬にも微小循環を改善するとうたわれている薬剤がありますが、患者さんが体感できるほどの効果は期待できません。

③ 利尿薬のみでは難しい水のめぐり(水滞、水毒)の改善も期待できます。

 細胞の表面で水分の出入りを制御するアクアポリンに作用する西洋薬としてトルバプタンが知られていますが、手ごろに使用できる薬剤ではありません。沢瀉(たくしゃ)、猪苓(ちょれい)などには、胸部、四肢など全身各所への水の偏りや巡りなどを適切に改善する作用が知られています。

ループ系利尿薬のみでは水分の偏在を解決することは困難であり、かえって腎機能の低下、熱中症の重症化を助長することがあります。そのため、筆者は五苓散などを試しに服薬してもらい、実際に効果がみられるか評価するようにしています。

 日本の医療機関では、多種多様な効能をもった生薬が二味~十味以上組み合わさった100種類以上のエキス剤が処方可能です。くわしくは述べませんが、多くのエキス剤において西洋医学および東洋医学的薬理機序が解明され、エビデンスが蓄積されています。

 

3.症状と全身状態を把握すれば、病名が決まらなくても薬が決まる

 病名が決まらなくても東洋医学的思考と診察によって病態が推察できれば、漢方薬によって症状の改善が期待できます。一方、西洋薬は「この薬が効けば〇〇病だろう」と、安易に投与することは避ける必要があります。

 日常の診療では正確な診断名が決まるまでに日数がかかることが多いため、筆者はいち早く患者さんが何らかの治療を受けられるように、積極的に漢方薬を活用しております。そのために、患者さんから詳しくお話を拝聴し、舌がむくみ歯型がついていないか(望診)、腹部の張り、圧痛など(切診)などの診察を行い、東洋医学的見地で患者さん自身を把握するようつとめています。

 

4.効いたエキス剤は美味しく感じる

 有名な漢方医の診療経験によると、体に有効であったエキス剤には舌が喜びを感じ、体にあわないものは不味いと感じるそうです。さらに興味深いことに、体調が良くなると味が落ちて服薬を控える患者さんもいらっしゃるようです。

 筆者も体調改善のきっかけとなったエキス剤を飲んだときは、苦みと甘味のバランスが絶妙で、また服用したいと感じました。当時は食欲がとぼしく、空腹だったからかもしれませんが……。

 

 

5.とにかく「養生」! 養生無くして薬の効果は期待できない。

 漢方薬は「自分の健康は自分でつくる」意識をもって養生(ようじょう)を続けてこそ効果を発揮すると、多くの解説書や教科書で強調されています。

例えば、やせようと思って防風通聖散を飲みながら食べて寝てばかりの生活を続けるのはほとんど意味がありません。筆者も漢方薬の世界を知るようになってから間食をさけ、規則正しい生活につとめるようになりました。

「漢方薬はコロナに効く」という単行本やネット記事が見られますが、麻黄附子細辛湯などを服用するだけでは、コロナ患者さんの重症化や周囲への病原体のまん延を防ぐことは難しいと考えています。医師としては漢方薬のような小規模の医療機関で実施可能な治療手段が確立され、国民に対しては感染対策や屋内での療養など「養生」の意識がもっと根付いてほしいと切に思っております。

 

 

6.漢方薬であっても副作用やポリファーマシーに注意

 エキス剤の組み合わせが悪いと健康を損なうことがあります。基本的にエキス剤は生薬が適切な配合比で合方された「併用薬」です。

 同じ生薬を含むエキス剤を併用すると、生薬の量が過剰となり副作用が出やすくなります。また、作用が真逆な生薬を併用することで、効果が期待できず副作用が前面にあらわれることもあります。

エキス剤の名前だけではどのような生薬が配合されているか判断できませんので、処方・服用の際は配合された生薬の種類と重量を確かめましょう。たとえば、胃腸障害に用いる半夏瀉心湯には甘草がふくまれています。足のつり(こむらがえり)の特効薬として有名な芍薬甘草湯と一緒に服用すると、偽性アルドステロン症、高血圧などが懸念されます上気道炎などに用いる麻黄(まおう)湯と葛根湯にはいずれも刺激・興奮作用のある麻黄が含まれますので、併用しないでください。

 医師による全身状態(証)や症状、生活背景などの把握が不十分であれば、漢方薬の選択ミスによって病状が悪化することがあります。補中益気湯は生命活動の根源的なエネルギーである「気」が不足した「気虚」に用いられ、とても広い効能を有しています。ただし、もともと元気な人が疲れを感じるごとに補中益気湯を服用し続けるのはNGであり、かえって疲れやすくなり、体重が増え、さまざまな副作用に悩まされることになります。過食をやめて養生することが大事です。

服薬するかどうか迷ったら一包だけ服薬しても害は少ないと考えられますが、この漢方薬は合わないと思われたら服用を中止してください。「良薬は口に苦し」というのは、漢方薬ではあまり当てはまりません。

 

最後に

 長文におつきあいいただきありがとうございます。実は、これでも簡潔に述べたつもりで、西洋・東洋医学を踏まえた効果的な診察法、プライマリ・ケアや全人的医療における活用法の実際など、書き足りないことが数多くございます。

もっと筆者による漢方薬の使用経験が増え、西洋薬と漢方薬とを適切に組み合わせて多くの患者さんに笑顔になっていただける自信がつけば、このシリーズの続編をお届けしようと思います。

Author:浜田 紀宏


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