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1910月 2021

地域医療学講座で勤め始めて

鳥取大学地域医療学講座発信のブログです。
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6月にドライブがてら、日南町美術館まで廣池昌弘氏の写真展を見に行った。特に写真が趣味というわけではないが、「蛍の写真」というのに興味をそそられて見に行きたくなった。昔、一度だけ奇跡のような蛍の乱舞に遭遇したことがある。それは暗闇の中で灯りは蛍の光のみで、山も川も空も辺り一面ホタルでキラキラしていて、まるで別世界のような幻想的で美しい光景だった。言葉で言い表せないくらい美しく、ずっと心に残っている。

そんなわけで写真展に行ったところ、ヒメボタルの写真以外にも折々の風景写真があり、感動的な美しさと大型パネルの迫力で圧巻だった。その時、その場所、その瞬間でしか見られない感動をこんな風に写真で表現できる芸術的センスもすばらしいが、日常にある見過ごしてしまいそうな何気ない風景の中から、「身近にこんな美しい景色や日常があったのか」「見方によってこんな風になるのか」と改めて感じさせらる作品だった。

ある写真家の方に聞くと雪山の大山の写真などは、冬山を30㎏もの荷物を背負って何回もトライしたそうだ。気付く視点や感性、結果のみにとらわれず諦めずコツコツと続けること、目には見えない裏側の部分が、人を魅了する作品となっているような気がした。それは、何がどうだから……と人に伝わるように言語化できないけど、なんとなく地域医療に通ずるものがあるように思う。

私はこの地域医療学講座に来てからの日々、事務の先輩にいろいろ教わり、「へぇ~、なるほど!」「すごい」「そうなんだ~」と毎日言っている気がする。先生方は日常の診療に加え、医学生の指導や育成、会議や打合せ、自己研鑽、講義の準備など、たくさんのタスクをこなし、何かと忙しそうだけど、少しずつ話をしてみると皆さんいい方ばかりで、それぞれ個性的で愛されるべきキャラクターの先生方だと思う。

どう地域医療を支え未来に繋げていくかを日々、いやもしかして24時間考えているのでは?!と思ったりもする。私はそんな先生方を応援したい気持ちでもっと頑張りたいが、まだ理解や実務が伴わなかったりして自分にイライラ、モヤモヤすることも多いのが現実だ……。地域医療学という分野では、病気を診るだけでなく、その人自身を診る、家族や背景を見る、ひいては地域を見ていくという奥も幅も広く、拙速には答えの出ない積み重ねの重要な分野だと感じる。しかし、これから2025年には国民の4人に1人が75歳以上の後期高齢者となり少子化も加速して行く中、地域医療学の存在意義はとても重要で大きいと思う。

 

すぐに答えを出さず、じっくり考える

少し前に、作家で精神科医の帚木蓬生著『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』を読んだ。私はそのネガティブ・ケイパビリティという言葉、概念を初めて知って、ささやかな驚きがあった。そしてもっと早くにこの考えを知りたかった……とも思った。なぜなら私にはそれが足りないと思ったからだ。

ネガティブ・ケイパビリティとは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」「性急に証明や理由を求めずに不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることが出来る能力」のことで、先が見えない状況に向き合っていくための能力というそうだ。答えの出ない宙ぶらりんの状態や、答えの出ない苦しみを抱えながら生きることは、すごく辛いように思う。私自身も悩むのが嫌だから、苦しさを抱えながら過ごすことが嫌だから、性急に解決を求めてしまったり、安易な解決に走ったり、分かったつもり解決したつもりにしてしまうことがありがちだ。しかし、拙速に手軽な解答に至ったとしても、また同じ悩みや疑問に苛まれたりするのだ。

ネガティブ・ケイパビリティとは、解決=ポジティブ 悩む=ネガティブ ではなく、解決をいったん棚に上げ、より発展的な深い理解に至るまで、じっくり模索し続ける。そうした「宙ぶらりんの状態」を持ちこたえる「能力」だそうだ。ごちゃごちゃしたところに性急な解決を求めることなく耐える、ということがひとつの「能力」なのだという考え方を知ると心が軽くなる気がした。この言葉の発生はイギリスの詩人、ジョン・キーツが手紙に綴ったことで生まれ、自然の美や人間の心を純粋に捉えるためには、物事を色眼鏡で見たり、性急に決めつけたりしないことが大事だという思いから見出したそうだ。そういう視点で、写真という芸術分野も、地域医療も、ネガティブ・ケイパビリティも、根底は通ずるものがあるのだな……と思ったりする。

日々の生活の中で、わかっていても人は、いや私は、忘れっぽく、流されやすく、待つのが苦手で、すぐに答えを求めたがる。(もちろん医療では早急に答えを出さないといけない場面は多々あるからそれは別として)だからこそ、大切なことを再確認したり、思い出したり、ごちゃごちゃした頭や心ををリセットしたりするために、時間や機会を見つけて、自然の美しさに触れたいなと思う。

 

Author:錦織 絹子


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