アイデンティティ クライシス
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アイデンティティ クライシスとは
自己喪失。若者に多くみられる自己同一性の喪失。「自分は何なのか」「自分にはこの社会で生きていく能力があるのか」という疑問にぶつかり、心理的な危機状況に陥ること。(デジタル大辞泉より)
鳥取の総合診療専門医を育てるプログラム 専攻医1年目の谷口と申します。
2年間の初期臨床研修後、専攻医として総合診療を専門に学び始め、もう1年が経とうとしています。
総合診療科の専門性とは?
2017年に新専門医制度が始まり、新たな領域として総合診療科専門医が加わりました。2020年4月専門研修開始の専攻医採用数は全国で9072人、そのうち総合診療科は222人(2.4%)です。最低でも500人は必要という意見もある中、決して多い人数ではありません。少ない理由の1つとして、消化器内科や整形外科、眼科といった臓器別専門医と比べて総合診療科専門医の専門性、アイデンティティが分かりづらいということが挙げられます。
総合診療科の専門性には「年齢、性別、疾患を問わず、医療的ケアを必要とする方に包括的かつ継続的なケアを行うこと」「患者自身、患者の家族、地域そして文化背景を常に考慮したケアを提供すること」などがあり、学術的な基盤としては「家庭医療学」が基盤となります。私自身も患者の背景を考えながら包括的に診るということに魅力を感じて総合診療科を志しました。しかし、それを専門にするということは分かりづらい。この分かりづらさは、総合診療を学び始めた専攻医を悩ませます。
見失っていた総合診療医としてのアイデンティティ
後期研修を始めて同期の医師たちが臓器別の専門科に進み、専門的な知識や技術を身に着けていきます。そんな中、私自身の診療スタイルは手術や心臓カテーテル治療などの専門治療が必要ではない内科疾患が中心で、必要時は専門科に相談をするという形です。
周りと比べると初期研修の延長線にいるような、誰にでもできる仕事をしているような感覚に陥りました。自分は何のために総合診療科を選んだのか、他の専門科と比べて劣っているのではないかと、総合診療医としての自分のアイデンティティを見失う、アイデンティティ クライシスを起こしていたと思います。
しかし、このアイデンティティ クライシスは、総合診療科が他と比べて劣っているからでも、不必要であるからでもなく、自らの総合診療医としての専門的な知識や体験の欠如から来ているものだと、後になって気づきました。
総合診療医としてのアイデンティティ クライシスからの脱却
様々な臓器別専門医がいる総合病院でも、みんなが難しいと感じてしまう患者さんがいます。
例えば、週に1回、多いときは連日、救急外来に動悸がすると受診をするけれども、どんな検査をしても明らかな内科の病気を見つけることのできない患者さん。一般的には大きな病気はなさそうだから大丈夫ですよと言って終わりにしてしまうかもしれません。
しかし、総合診療医であれば、内科の疾患が無いか詳しく調べるのはもちろんですが、症状に対して患者さんはどう思っているか、何が心配なのか、仕事は何をしているのか、誰と暮らしていて関係性はどうなのか、ストレスは無いかなど患者さんの背景を知りながら、症状と心理要素、社会的な要素との関連を考慮し、薬での治療だけではなく、どう生活をするのが良いのかを含めて症状の安定化を目指します。
他には老衰の過程で、食事でむせることが多くなり誤嚥性肺炎を繰り返す患者さん。認知症で会話もできず、唯一の身寄りである義理のお姉さんは何をしてでも生かして欲しいというため気管挿管、人工呼吸器での管理を含めた集中治療をして、生き長らえる。そうして次第に弱っていきます。本人が判断をできないのであれば家族が言うとおりに集中治療をして生かすことが本人にとって幸せなのでしょうか。本当にそれは、望まれる治療なのでしょうか、苦痛のある時間を伸ばしてしまっているだけかもしれません。
正解はありませんが、総合診療医であれば、なぜ義理のお姉さんが何としても生かして欲しいと思うのかその理由を聞きます。もしかしたら、本当は集中治療までして生きることは本人にとっても苦痛だしやめてほしいと思っているけど、残された家族としては、生かさないといけないという責任感から何としても生かしてくれと言っているのかもしれません。その理由を聞いた上で家族と相談をしながら集中治療まではせずに自然の形で看取るという選択肢をとることもあります。
このような患者さんたちを診ていく中で臓器別の医学では解決しない問題があること、それに対して患者さんや家族の背景を知ることを重要視していく総合診療医の専門性、アイデンティティを実感していきました。アイデンティティ クライシスからの脱却です。
今では総合診療科のアイデンティティに魅力を感じ、仕事にやりがいを感じています。この魅力をもっといろんな人に知ってほしい。そして、将来総合診療医を目指す後輩たちが増えてくれれば嬉しいと思っています。
Author: 谷口 尚平
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