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2112月 2021

四季折々の便り〜もと患者さんからの手紙〜

鳥取大学地域医療学講座発信のブログです。
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みなさんこんにちは。寒くなってきましたが、いかがお過ごしですか?

私、医師になり14年目になるみたいです。そのうち10年くらい、地域の自治体病院・診療所で医療をさせてもらってきました。自治医大卒後派遣勤務のため、1~3年毎の転勤族だったのですが、ご縁あって何人かの元(もと)患者さんからお手紙をいただくことがあります。もう、何年も前に担当医ではなくなっているのですが、「先生の記事を新聞で読みました」「お子さんの写真を新聞で見ました」「米子東高校、甲子園出場おめでとうございます!」など、折に触れてお葉書をいただきます。サラサラと縦に流れる行書体の筆さばきやその言葉遣いから、昭和の前半を生き抜いてこられた方の教養の豊かさを感じます。そして、今も遠い場所で元気に暮らしていらっしゃることを知り少し安堵します。白衣を脱げばただの人、医学以外の教養は大して持たない人間なので、頭をひねり少ない語彙から簡素な言葉を選び出して、楷書体で遅いお返事を書かせてもらっています。

 

 

医師として、一個人として

最近、Aさんという方からお手紙をもらっています。最初は診察の時に私が課した“宿題(しゅくだい)”でした。身体が思うように動かず、気持ちも後ろ向きなAさんに、軽い気持ちで「じゃあ、Aさん、次いらっしゃるまでに川柳を考えてきてくださいよ!」と言ったのが始まりです。その後、私が担当医を外れてからも、季節ごとに川柳・俳句を載せたお手紙をくださるようになりました。

2021年 春のお手紙から……

朝霧や 病の床の 吾想ふ

Aさんは長期療養中です。病の床から、自分のことを鬱々と考えたり、窓から見える外の風景を眺めている様子が伝わってきます。

2021年 夏のお手紙から……

 青空や 田植え始まり 苗そよぎ

春は室内や外を眺めるだけだった意識が、夏になり外の風や音を感じる言葉選びになっています。

2021年秋のお手紙から……

 草いきれ 香のかほりや 鎌の音

秋は稲刈りの時の香りや鎌の音に意識が向いているようです。

かつては病に思い悩み、床に臥せていたその人が、身体はそこにあっても、意識は病院の外に出かけていき、五感を使って四季折々の外の世界をつかもうとしている。毎回いただく山間部の自然の様子とAさんの意識の変化をただただうれしく読ませていただいています。

あとになって、私の軽はずみな提案が患者さんにプレッシャーを与えてしまわなかったかな……と少し反省しました。日々の診療の中で私が思うのは、(医師というのは患者さんの目の前にいるだけで無自覚に権威を示してしまいがちだ)ということ。私は、医師の資格はあるけれど、老いや病と長く付き合っていくということの実感を持たない、若くまだまだ薄っぺらい人間です。そんな自分の未熟さを自覚しているから、「医師―患者関係」という言葉はあまり好きではなく、医師という白い鎧(よろい)に頼らずあくまで人間同士でいたいと思ってしまいます。でも、自分が医師でなければ、孫と祖父母のような年代差のこの人間関係は始まらなかったわけで、少なくとも始めはこの職業役割に依存するしかない。それに、案外患者さんの方は、私をただの医師としてしかとらえてない可能性もあります。

担当医を外れてもつながっているこのご縁は、立場を超えた人間関係になっているのか否か……医療という枠組み以外で誰かを支えることができたらそれはとても素晴らしいことですが、そこは、あえてあいまいにしておくのもひとつかもしれませんね。

 

 

 

Aさんの夏の句と、わたしの付句

さて、素敵な句をいただいてばかりでどう返したらいいのか考えていたところ、遠方の友人から「付句(つけぐ)」を返してみてはどうか?とアドバイスがありました。そこで、これまた頭をひねり、自分の持てる限りの語彙で付句を考えてみました。

梅雨明けや栗の花散り実をつける (Aさん)
いがぐり頭の汗光る空 (わたし)
夜静かカエル声遠く近く(Aさん)
耳慣れしかなレール打つ音 (わたし)
青空や稲穂周りに赤トンボ (Aさん)
群れて飛び込む金色の海 (わたし)

 

しばらくの間正座して、うんうんうなり、辞書を引きながら考えた、渾身の付句です。(笑)出来はよくなくてもいい、どういわれようが、思いをのせて返すことに意義があるのです!これまたA4コピー紙に油性マジックで楷書体でデカデカと、少々品のないお返事でしたが、診察にいらっしゃったときに手渡しすることができました。次回はもう少し、趣ある便箋などに書いてみたいものです……。

そうこうしていたら、早いもので季節はあっという間に冬……地域の患者さんたちは、こうしたことでも季節の移ろいを教えてくださいますね。

Aさんの次の定期受診の日までに、秋にいただいた句の付句を考えてみたいと思います。

 

Author:紙本 美菜子


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