「他科研修という参与観察」
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総合診療プログラムの専攻医をしています谷口と申します。
総合診療専門医になるためには、専門医研修プログラムに参加し、専攻医として3年間以上の後期研修を行う必要があります。そのプログラムの必須条件として救急研修と小児科研修を3か月間行うことが求められています。これは、総合診療医に求められる役割が働く地域や医療機関のニーズに合わせて変化するものであり、年齢や疾患の種類によって決められるものではないからです。あらゆる状況に対応できるようにと救急研修、小児科研修を行います。私自身も3か月間の小児科研修を終え、現在救急研修を行っています。
「参与観察」と「文化相対主義」
このように他科で研修する中で感じることは、小児科には小児科の文化、救急科には救急科の文化があることです。総合診療医が他科で研修をしながら働くということは、和食の料理人が中華料理店やフランス料理店で働くようなものであり、同じ医療という枠組みの中で働くので重複する部分は多くあるものの、そこに流れる文化は全く異なるものです。異なる文化と接したときには、少なからず違和感や抵抗感、ストレスを感じるものです。そこで今回提示したいのは、社会学や文化人類学で用いられる「参与観察」「文化相対主義」という考え方です。
「参与観察」とは、対象となる社会や集団に数か月から数年にわたって滞在し、そのメンバーの一員として活動をしながら、直接観察をし、聞き取りなどを行う調査方法です。単なる観察だけではなく、調査者の体験も重要なデータになります。参与観察においては信頼関係を形成することも重要であり、信頼関係が形成されることでより踏み込んだ観察を行うことができます。実際に社会学者は、海外の先住民族と共に生活をしたり、地域の祭りに参加をしたりなどをすることで参与観察を行っています。
「文化相対主義」とは、「人間は自分が成長の過程で身につけた文化に基づいて経験を解釈するのであり、そのように特定の文化に色付けされた経験からさまざまな判断を導き出すというものである」という原理を基に、「どんなに自分たちの生き方と異なるものであっても、ほかの文化が価値を置く生き方を均しく尊厳あるものとして認めるべき」という考え方です。この文化相対主義的な態度を持ち、他者や他の文化に接することで相手の文化に関心を持つことができるようになり、異なる文化を持つ相手とのコミュニケーションが可能になります。
平等に考え、相手の文化を理解しようとすることで得られたものとは?
さて、「参与観察」と「文化相対主義」という2つの考え方を紹介しましたが、小児科や救急といった他科研修をする上で、我々総合診療医は、どのように振る舞えばいいのでしょうか。まず、参与観察を行うために、その診療科の一員として働き、診療科に貢献をしていくことで信頼関係を形成していくことが重要です。その中で異なる文化に違和感や抵抗があるかもしれないが、文化相対主義に基づき、相手の文化や考え方に対して、「それもあり」だろうと受け入れてみます。私自身もこのようなスタンスで小児科研修を行い、現在救急研修を行うなかで感じていることは、文化相対主義でいることで、気持ちが楽になるということです。総合診療医の文化だけが正しいと思って研修を行うと苦しくなります。相手の文化に対しても平等に考え、相手の文化を理解しようとしていくことで「それもあり」と感じることができた時は、相手の文化に対する抵抗がなくなり、ストレスが軽減されます。
気持ちが楽な状態で研修をしていくと、もちろん相手の文化への理解が深まりますが、それと同時に自身の文化の良いところ、つまり、総合診療医の長所にも気づくことができるようになってきました。例えば小児科では、「子どもの健やかな成長、発育が最も大切であり、それを支えるために最大限の努力をする」という文化があります。しかし、子どもが最優先であるからこそ、親や学校等と衝突が生じることが少なからずあります。一方で総合診療医では「家族や多職種の意見を尊重し、協働していくことを重視する」という文化があります。親や学校と衝突すること自体が悪いことではなく、衝突を避ければよいというわけではありません。ただ、うまく協働していくことができるのは総合診療医の強みであり、それを行うための文化や技術は小児科においても役に立つ、小児科医と総合診療医の協働にも意味があると思います。このような気づきに至ったのも、文化相対主義的な考え方を持ち、相手の文化も自分の文化も平等に考えながら、小児科研修という参与観察を行うことができたからだと感じています。
現在行っている救急研修でも新しい気づきを得ることができるだろうと期待をしながら研修をしていきたいと考えています。また、参与観察や文化相対主義といった考え方は、他科研修のみならず、患者さんと接するときや多職種と接するとき、新しい土地に引っ越した時等にも意味があります。それぞれが、それぞれの文化を持っています。今後も、相手の文化に対して平等な姿勢で関わり、多くの文化を知り、自らの文化についても深く知ることができればと思います。
Author:谷口 尚平
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