山旅 〜中蒜山と下蒜山のトレッキング・登山を通じて〜
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去年の秋2回登山をした。以前から山好きな人が楽しそうに山の話をしているのを聞いたり、「日本百名山」などのテレビ番組を見ていて、いつか自分も行ってみたいと密かに思っていた。一人でも行ってみようかと思いつつ、素人の心細さもあり中々実行に移せずにいた。
ある日、思いきって仕事で知り合ったTさんに声をかけてみた。なんとなくの勘で、もしかして山好きではなかろうか?と思ったのだ。お話してみるとそれはそれは見事な健脚で、私など足元にも及ばない、初心者と同行するには恐縮なくらいの方だったが、お話しているうちになんと一緒に行って下さることになったのだ。数年前、子どものスポーツ少年団のレクリエーションで真夏の大山登山に行った時に、米子が日本で一番暑い猛暑日だったこと、日頃の運動不足と体力不足、蓄積疲労、さらには蜂や虻につきまとわれ刺されて、残念ながら途中でリタイアしてしまっていたことから、まずはゆる登山で楽しくいきたいと考えていた。大山よりも標高が低くて、そして、私の好きな場所の一つである牧歌的で柔らかな雰囲気の蒜山方面に行くことにした。
今ここに集中することで見えてきたもの
登山当日は、念願だった登山(トレッキング)ができることのワクワクと、日頃の運動不足で体力的に大丈夫かなぁという不安のドキドキとをかかえながら、出発した。先ずは中蒜山登山の様子である。クリやコナラなどの林や、風に揺れる真っ白なススキ野原、落ち葉で敷き詰められた登山道をサクサクと踏みしめながら、水量の少ない沢を渡り、3号目からはヒノキの木の根っこの絡み合った滑りやすい粘土質の急坂である。5号目には日留神社といわれる石祠に手を合わせ、緩やかな登り、6号目からまた急登、7号目には鎖の設置された露岩、8号目にさしかかり樹林の間から頂上が見え始めた。頂上が見えるが、歩いていくにはとても遠く見えて、あんなとこまで行くの?と気が遠くなった。息も切れ切れで、足が重い。あとどのくらいだろう?と先を考えるとしんどくなった時、教室の先生が話していた「マインドフルネス」を思い出した。マインドフルネスとは、「今ここに集中」過去を後悔したり未来の心配をしたりするのではなく、今ここに集中すること。右足左足一歩一歩ただひたすら歩くことのみに集中し、やがて何とか先が見え始めた。視界が開けて展望の良い稜線に出ると風に波打つ綺麗なササ原が広がり、山肌の所々にパッチワークのように赤や黄色の紅葉が色付いていた。ここに来た人しか見えない景色だ。
頂上からは、隣に下蒜山、上蒜山を見て、上蒜山の肩越しに船上山から矢筈ヶ山、大山に続く稜線が遠望でき、鳥取県側には日本海や鳥取県中部の町も見え、岡山県側には広大な蒜山高原が一望できた。驚いたのは、植生の違いである。同じ山でも鳥取県側は木々の茂る森なのに対して、岡山県側はササなどの灌木の広がる高原なのだ。頂上を境にくっきり分かれている。何故だろうと思いあとで調べてみたら、昔蒜山地方では、山焼きをしていて草を育て刈って堆肥作りをしていたそうだ。それも、厳しい年貢の取り立てから逃れるための方策から単を発したらしいという一説もあった。この山肌の景観は自然と人々の労働の歴史だったのだ。そうやって、その土地のことや歴史を知ってみるとまた違った視点で感じることができ、鳥取県側と岡山県側で極端なくらいの植生の違い、(景色の違い)蒜山の牧歌的な高原風景や、蒜山大根や蒜山そばが美味しいことも納得できた。道中では、老若男女様々で、グループの人、ソロ登山の人、走って登り下りする人、愛犬を連れている人、かなりご高齢と思われる人、途中でドローンを飛ばし2度楽しむと言っていた人、頂上で湯を沸かしカップラーメンやコーヒーを美味しそうに食べている人、いろんな人がいてそんな見ず知らずの人達とのちょっとした会話をするのも楽しかった。
私が山に登る目的
さて、道中Tさんに「錦織さんが山に登る目的は何ですか?」と問われ、改めて考えた。私は頂上に登ることが第一目的ではなく、体力づくりでもない。自然にふれたい気持ち、五感で感じたい気持ちだろうか。ただせっかく登るなら頂上からの景色を見てみたい、でも極端な無理はしたくない。水のせせらぎ、鳥の声や風に揺れる木々の音、景色、森の匂い、特に沢の水と土と緑の混じった香りは、大好きだと思う。なんで大好きだと思うのだろう?と疑問が湧いてきて森林浴の本を読んでみて、なんとなくではなくちゃんと科学的根拠があることがわかった。森林浴は人の心と身体を癒しリフレッシュさせる効果があることが「森林医学」という分野の研究で立証されていた。いくつか簡単にあげると、樹木が大気中に発散するフィトンチッド(揮発性有機化合物)、土壌中に生息する微生物のゲオスミンという有機化合物、苔や岩に堆積したペトリコールなど、人の自律神経に作用し呼吸を促し気持ちをリラックスさせるそうだ。フィトンチッドには、ヒノキのヒノキチオールや、杉のアルファピネン、カツラのマルトール、マツのピノシルビンなど、100種類以上あるという。水辺ではマイナスイオンが多く、空気を浄化し、疲労回復に効果的だそうだ。人工のノイズではなく、鳥や虫の声、川のせせらぎ、滝の音、そういった自然界の音の周波数を耳にすることにより心身のリラックスに効果的だそうだ。こうして、根拠はわからずとも自分の心地良い場所を自然と本能は知っているのだな、とあらためて知ることができた。森は、心身のデトックス、ストレス解消効果、リフレッシュ効果にとても優れているのである。そんなこんなで、中蒜山と下蒜山のトレッキング・登山を満喫したのである。
今回の山旅では、同行していただいたTさんには、終始私の歩くペースを気にかけていただき、歩き方や山のルールを教えていただき、頂上ではどら焼きを御馳走になり、車中ではミスチル談義で盛り上がり、何とも心強く楽しく登山することができた。そういったTさんの人柄を知ることができたことは私にとって登山以上に大きな収穫となったのである。
最後に一句(教室の先生方に倣い、
「やまりんどう 露岩の急登に 凛と咲く 物言わぬ野花の 無言のエール」
これからもぼとぼちとゆる登山を楽しもうと思っている。
参考:森林浴(近くの公園で家族と一緒にリラックス ストレスを解消し自律神経を整え免疫力を高める新しい健康増進法) 著者 李 卿
Author:錦織 絹子
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