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197月 2021

ゆるい読書会『砂の女』2021.7.21

今回の読書会の報告はコミュニティナース・助産師の中山さんに書いてもらいました。

 

現実逃避をして海辺の砂丘に昆虫採集に来た男は、女が一人で住む砂の底の家に閉じ込められる。あの手この手を使ってなんとか脱出を試みるが……。安部公房の名作『砂の女』が、今回の課題本である。

 

参加者の感想は、「絶妙な気持ち悪さがある」「ブラック企業にはまっていく感じに似ている」など、この小説に終始響く不協和音が余韻として残っている印象を受ける。

 

以前の課題本だった『ペスト』と比較して「不条理への対処の仕方が誠実でなく醜悪」だったり、「厭世感を持つニヒリズムに溢れた中年の男」である主人公を『アルケミスト』の夢を追い続ける若い主人公と真逆だ!という意見が出たりと、今まで読んだ本たちが血肉となり会話に組み込まれることも、読書会のおもしろいところだ。

 

私自身、この本は中学生の時以来の再読だったが、新鮮な気づきの連続だった。それは私が県外から鳥取へ移り住んだことで、この物語の男が砂の生活を見るよそ者の視点と近い感覚を経験をしたことが大きいだろう。砂かきは、雪かきのメタファー。外の世界にはあまり興味を持たない女が、生活圏内の話になるとたちまち活気を帯びる様子は、閉鎖的な地方の集落特有のものと読み取れる。そしてそれらは、中の人たちにとってごく普通のことであることが多い。

 

面白かったのは、「男が最後、逃げられる状況なのになぜ逃げ出さなかったのか?」についての考察である。男が辿り着いたのは、諦めなのか幸せなのか。

「不条理に屈するようで哀しい」という意見に対し、「いやいや、承認欲求が満たされて案外幸せかも?」と議論は進み、話はなぜか「ていねいな暮らし」へと派生する。

 

ていねいな暮らしとは、流行や形式を求めるのではなく、手間がかかっても自分で作ったり、愛着を持ったものを大切に使うような暮らしである。フランスの哲学者ジャン・ボードリヤールの引用より「際限がない消費に対して、際限があることでありがたみを感じる浪費の方が今の時代大切かもしれない」などと話は弾む。そしてこの男にとっては、記号に過ぎない「妻」との「教師」としての生活よりも、「砂の生活」や「女」と向き合い続けることこそリアルであり、人生と向き合い続けることなのかもしれない、と繋がっていった。

 

「物語」さえ消費されつつある昨今、こうして一つの本をじっくり読み、皆で味わう。これこそ、「ていねいな」読書の時間であると感じた。

 

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